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神戸地方裁判所 昭和33年(モ)184号 決定

申立人(債務者) 株式会社神戸製鋼所

相手方(債権者) 福井康吉

主文

本件申立を却下する。

申立費用は、申立人の負担とする。

理由

申立代理人は、「当裁判所が相手方(債権者)、申立人(債務者)間の昭和三〇年(ヨ)第一八二号事件について同年八月八日なした仮処分決定に基く強制執行は、昭和三三年一月二五日以降の支払期分に限り、同決定に対する異議事件(当庁同年(モ)第一八三号事件)の判決言渡までその停止を命ずる。」との決定を求め、

申立の理由として次のとおり主張した。

「相手方は、もと申立人の雇傭する従業員であつたが、学歴詐称の事実が判明したので、申立人は、昭和三〇年一月三〇日付をもつて相手方を解雇した。しかるに、相手方(債権者)、申立人(債務者)間の当庁同年(ヨ)第七二号事件において同年四月二一日、右解雇が無効であるとの誤つた認定に基き『債務者(本件申立人)が債権者(本件相手方)に対してなした同年一月三〇日発効したものとする解雇の意思表示の効力は、これを停止する。』との仮処分判決が言い渡されたので、相手方は、更に申立人を債務者として当庁に賃金の仮払を命ずる仮処分申請(同年(ヨ)第一八二号事件)に及んだところ、右判決の正本を唯一の疎明資料として、同年八月八日、『債務者(本件申立人)は、債権者(本件相手方)に対し金八〇、〇〇〇円及び同年八月二五日から解雇無効確認訴訟の本案判決が確定するまで毎月二五日に金一六、〇〇〇円ずつを支払え。』との本件仮処分決定がなされた。しかしながら、申立人は、前記当庁昭和三〇年(ヨ)第七二号事件の判決を不服として大阪高等裁判所に控訴を提起した(同年(ネ)第四八六号事件)ところ、右解雇処分が有効であると判断され、昭和三二年八月二九日、『原判決を取り消す。被控訴人(本件相手方)の本件仮処分申請を却下する。』との判決が言い渡された。かように右解雇処分の有効であることが控訴審判決で明瞭となつた以上、その無効を前提としてなされた本件賃金仮払仮処分決定は、失当であるといわなければならない。よつて、申立人は、右決定を不服として当庁に異議を申し立てたのである(昭和三三年(モ)第一八三号事件)が、右仮処分決定は、これを執行するにおいては相手方に本案請求権の終局的満足を得しめ、申立人が回復することのできない損害を受けるものであるから、前記異議事件の判決言渡まで右強制執行は、申立人において支払未了の昭和三三年一月二五日以降の支払期分に限りその停止を命ずる旨の決定を求めるため本申立に及んだ。」

そして、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

民事訴訟法第七八五条第一項によれば、仮処分命令の内容としてどのような処分を定めるかは裁判所の裁量に委ねられており、債務者から債権者に一定の給付を命ずることも可能であることは、同条第二項の明文によつて明らかである。もつとも、その処分の内容は、民事訴訟法第一八六条により債権者に申立以上の利益を与えるものであつてはならないし、また、仮処分制度の性質から導き出される当然の結論として、本案請求権の範囲と仮処分の目的を達するのに必要な範囲を逸脱することは許されないのである。しかしながら、およそ仮処分命令の内容がその執行の結果債権者に権利の終局的満足を与えるものであつてはならないとの命題は、個別的給付請求権を被保全権利としその執行の保全を目的とした同法第七五五条の係争物に関する仮処分については妥当するであろうけれども、強制執行の保全を目的とせず、係争関係につき仮の地位を定めるための同法第七六〇条の仮処分については必ずしも同様に解しなければならぬものではない。すなわち、同条の仮処分命令の申請を受けた裁判所は、特に緊急の必要性のあることを認めた以上、債権者に本案勝訴確定判決と同様に権利の終局的満足を与えるところの仮処分を命ずることも、その裁量権の範囲に属するものと解するのが相当である。しかるところ、当庁昭和三〇年(ヨ)第一八二号仮処分申請事件の記録によれば、同事件において相手方は、申立人から同年一月三〇日に受けた解雇処分が無効であるから両者間に雇傭契約関係が継続しているにもかかわらず、申立人が相手方に対し同年二月分以降の月額金一六、〇〇〇円の割合による賃金(毎月二五日に前月分を一括払する定になつている。)を支払わないと主張し、右賃金債権者を本案請求権としてこの賃金の仮払を命ずる仮処分命令を申請したところ、当庁が右申請を全面的に認容して申立人主張どおりの主文内容の仮処分決定をなしたことが認められる。それ故、右仮処分決定は、異議訴訟の判決でも正当として認可されることが確実であるかどうかはともかく、少くとも理論上同法第七六〇条の仮処分命令として法律上許された限界を逸脱するものでないことは明らかであるといわなければならない。なお、申立代理人は、右仮処分の執行の結果申立人が回復し得ない損害を被るおそれがあると主張するのであるが、この主張が、申立人が本案訴訟で勝訴した暁においても仮処分の執行以前の状態に引き戻すことが事実上不可能ないし困難であることを指摘するにすぎないものであれば、かりに本件の事案において右主張事実をそのまま肯認するのが正当であるとしても、同様の事態は、仮の地位を定める仮処分の場合においては往々みられるところであつて、仮処分命令に対して上訴又は異議が提起された場合かかる事由に基いてたやすく仮処分の執行の一時的停止を命ずることが許されるものとは解し難い。また、右申立代理人の主張が、本件仮処分執行の結果申立人が償うことのできぬ異常な損害を被るという趣旨を包含するとしても、かかる事由の存否は、特別の事情に基く仮処分取消申立事件の判決において判断の対象となるのは格別、仮処分命令に対して上訴又は異議が提起された場合、これに伴う当該仮処分の一時的執行停止命令申立の許否を決するに当つて考慮すべき事項であるかどうかは、甚だ問題であるといわねばならず、かりにこの点を積極的に解するにしても、右申立代理人の主張事実は、前掲昭和三〇年(ヨ)第一八二号仮処分申請事件の記録並びに本件において申立人が提出した全疎明資料を検討しても、未だこれを肯認することは困難である。

してみれば、前記賃金仮払仮処分決定に対し異議を提起したことを理由として右決定に基く強制執行の一部執行停止命令を求める本件の申立は、許されぬものと断ずるの外はない。よつて、これを却下することとし、なお、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 前田治一郎 日野達蔵 戸根住夫)

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